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2005年07月05日
主観と客観
完全な客観という視点は存在しない。誰かが何かについて話す、述べる際には必ず主観が含まれている。僕はいつもそう思ってます。
実際には読んでもつまらない新聞記事などには、主観がほとんどない記事が載りますね。ということは、心になんらかしらの感動をもたらすものは、書き手の主観そのものだということになりそうな感じですね。
出来事自体が感動的という話もありますけど、それは誰かの視点による主観というフィルターが通っているからであって、完全な客観的事実だけ羅列されたらやっぱりつまんないんだろうなーと最近思うことが多くなってきました。
ということは、新聞記事や雑誌記事などの報道記事に関して、誰の主観でかかれたものかという記名記事がより面白さのバロメータとなるのかなと思います。新聞で記名記事なんてほとんどありませんけど、新聞社ごとの個性を出していくという必要に迫られている現在の新聞社を取り巻く状況下にあって、よりこの動きを推し進めようとすると、記名記事が増えていくことになるのかなと思うようになってきました。
我が家では新聞は取ってません。全てウェブにある記事を読んでます。ラテ欄だって、Yahoo!で充分間に合ってます。そういう所帯はどんどん増えていると思うのですが、こういった所帯にとっては世の中の動きをお金を出して買うということがないわけで、新聞社、雑誌社はより苦しくなってきているわけです。お金を出して読んでもらえるようなものを作り出さないと、彼らの収入はどんどん減るばかりです。いわゆるコンテンツを作り出さない限り、これから先はなかなか厳しいと思います。
新聞、雑誌などのマスメディアがこれから生き延びていくには、より個性的な書き手の確保(没個性も個性のうちという論理もあるかと思います)、その書き手の質の均一化(文章自体の質の向上)を果たした上での記名記事の充実がこれからのマスメディアにとっては重要な気がしてます。
そんなことを、今日ここを読んだらそう思いました。
投稿者 GonGon : 2005年07月05日 23:41
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